はじめに
株式会社アットウェアの guyon さんから献本頂きました。ありがとうございます。
レジリエントマネジメント 荒波に立ち向かい、困難を乗り越えるチームの育て方
本書はテクノロジー業界でマネージャーやリーダーとして、コーチングに関する講演や執筆を行っておられる Lara Hogan 氏による書「Resilient Management」の翻訳本です。
VimConf 2025 small の会場で、本書の翻訳を担当された guyon さんから直接手渡しで頂き、帰りの新幹線で早速読み始めました。
マネジメントに正解はない
実は僕は普段、こういった自己啓発本を読むことはまずありません。マネジメントをやられる方であればご理解いただけると思いますが、マネジメント業にはほぼほぼ完璧な答えがないからです。その場その場で起きる問題が異なり、同じ問題であっても人や組織の状況によって最適解が変わるため、巷の書籍などで紹介されている方法論をそのまま適用することに対して、どこかしら抵抗感を持っていたからです。特にマネジメントとはいわゆる「人」を扱う分野であり、「人間ハック」という言葉で表現されることもありますが、対話する相手の個性や感情、価値観を無視して一律の方法論を押し付けることに対して、強い違和感を覚えているからです。
われわれは一部の成功事例を真似して「これをやればうまくいく」と信じてしまうことが多々ありますが、僕はそれらは生存者バイアスだと思っています。つまり、特定の文脈で偶然うまくいった方法を一般化しても、それが自分たちに当てはまるとは限らないとも思っています。
しかし本書は、そのような僕の先入観に対して「そういうことばかりではないよ」と覆してくれたように思います。
本当の「レジリエント・マネジメント」とは、人間をハックすることではなく、人間の多様性と限界を理解し、健全なバランスを取ることだからです。
バランスと BICEPS
本書を読んでまず印象に残ったのは「バランスを取ることの大切さ」です。辞書で Resilient (レジリエント) を調べると「しなやかさ」や「回復力」という訳が出てきます。この言葉の通り、本書で強調されているのは「しなやかさ」そして「回復力」です。
IT エンジニアの皆さんであれば、開発を行っているチームや組織の状態が、急速に変化したり、不安定になることを日常的に経験されたことがあるでしょう。例えば、チームメンバの退職、チーム内の不仲、経営層の交代などによりチーム構成やリーダーシップが大きく変わるなどです。米国であればレイオフも起きるでしょう。このような状況では、チームの雰囲気が一変し、メンバ同士の信頼関係が揺らいだり、コミュニケーションが滞ったりすることがあると思います。
また、プロジェクトの優先順位が突然変更されたり、新しい技術スタックへの移行が急に決まったりすることもあります。これにより、チームメンバが戸惑いを感じたり、モチベーションが低下したりすることがあります。そういった変化の中で、チームや組織がしなやかに対応し、問題に対して強い回復力を持つことが求められます。
さらにチームとして継続的に成長するためには、個々に対するヒアリングやフィードバックが欠かせません。個々の評価を公平に、そして健全に行うことが重要です。メンターとして個々に対する関心や興味といった「好奇心」を持つことで、メンバの強みや課題を理解し、適切なサポートを提供できる様になります。
対話の方法、メールを投げるタイミング、メールの量、そういったリアルな Tips だけでなく、起こりうるさまざまなケースで最悪の事態に陥らないために、普段どの様な心構えや行動が必要かといった具体的なアドバイスが提供されています。
特に印象的だったのが、BICEPS モデルの考え方です。人が安心して「しなやか」に働くためには、6つの基本的欲求 BICEPS があると書かれています。
- Belonging(帰属)
- Improvement(成長)
- Choice(選択)
- Equality(公平)
- Predictability(予測可能性)
- Significance(意義)
例えば、チームに帰属意識があり、発言や判断に自分の選択が反映され、扱われ方に公平さを感じ、将来がある程度見通せて、自分の仕事に意義を感じられるとき、人は自然と「レジリエント(しなやか)」になります。逆に、これらが欠けた組織では、変化へのしなやかさが失われ、硬直的になります。
硬直的にならないためには普段からメンバの声を聞くことが重要です。マネジメントをしていると忘れがちですが、現場こそが最も多くの真実を知っているということは揺るぎません。上からの判断よりも、実際に手を動かしている人の感覚やデータを尊重することが、組織のしなやかさを支えると僕は思っています。
チームの健全性を育てる
しかし現場の声を引き出すのは簡単ではありません。ツールやプロセスが複雑すぎると、逆にそれが障壁になります。Slack、Jira、といったツールを使っていかにうまくコミュニケーション環境とレポートラインを構築するかも重要です。こういったツール選びは新規参画者のオンボーディングにも影響します。例えば新規参画者のためを思って用意された導入資料が各所に散乱していたり、量が多いとかえって「覚えられるわけがない」と感じさせてしまうこともあります。こういった心理学的な配慮も、レジリエント・マネジメントには欠かせません。
人間の脳は「予測」と「安全」を求めるようにできており、予測が外れるとストレスが生じます。だからこそ、組織がしなやかであるためには、BICEPS のような心理的ニーズを満たしつつ、それでいて「不確実性にどう対処するか」をチームとして訓練する必要があるのです。
レジリエントなマネジメントとは、個人の能力よりもチームの健全性に重きを置く考え方だと思いました。チームを育てるのは1人では無理なのです。誰かが視野を狭めた時、それを補い合うチームであればこそ、変化の波にもしなやかに対応できるはずです。
おわりに
本書を通じて学んだのは「強さ」よりも「しなやかさ」を重んじる姿勢です。人と人の関係の中で健全な摩擦によりレジリエンスを育てていく。その考え方が、これからの不確実な時代を生き抜くために必要なアイテムだと感じました。